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2026.08.13 コラム

顧客の「多面性」を捉える次世代マーケティング「AX(Append Experience)」とは

顧客体験を向上させるためには、顧客を単に商品やサービスを購入する「消費者」として捉えるだけでは不十分です。

一人の人は、ある場面では消費者であり、別の場面では企業で働く「従業員」や、仕事を探す「求職者」でもあります。こうした一人の人間が持つ複数の立場や企業との関係性を踏まえて体験を設計できるかどうかが、顧客体験向上の成否を左右します。

本連載では、この考え方を全3回にわたって、概念から具体的な実践方法まで段階的に解説します。

第1回では、顧客を「多面的な存在」として捉え、さまざまな関係性を踏まえて顧客体験を考えるための基本的な視点をご紹介します。



はじめに:なぜ、私たちの「顧客体験(CX)の設計」は一貫しないのか?

「顧客体験(CX)を一貫させ、LTVを最大化する」——。

現代のデジタルマーケティングにおいて、この言葉はもはや当たり前のスローガンとなっています。多くの企業が、パーソナライズされたメルマガの配信、MAツールの導入、カスタマージャーニーマップの策定に奔走しています。しかし、その一方で「一貫した体験を設計できている」と確信を持てている企業は、一体どれほど存在するでしょうか。

「施策を打っているはずなのに、なぜか顧客が離脱していく」

「顧客体験を設計したつもりが、現場の部門間で部分最適に陥り、全体としてちぐはぐなコミュニケーションになっている」

このような悩みを抱える企業は後を絶ちません。なぜ、顧客体験は一貫しないのでしょうか。

その最大の理由は、顧客の「好き」という感情が極めて多様化・細分化していること、そしてマーケターが顧客を「単一の消費者」としてしか見ていないことにあります。

変化の激しいこれからのデジタル社会において、私たちは顧客という存在の定義そのものをアップデートする必要があります。

本稿では、私たちペンシルが提唱する次世代のマーケティングアプローチ「AX(Append Experience:アペンド・エクスペリエンス)」の概念について、その背景と具体的なメカニズムを詳しく解説します。


1. 顧客体験の切断(エンゲージメントブレイク)が招く致命的な経営リスク

これまでのデジタルマーケティングは、主に「認知」「獲得」「CRM(顧客関係管理)」という縦割りのファネルで捉えられてきました。それぞれのフェーズで、クリック率(CTR)、コンバージョン率(CVR)、顧客獲得単価(CPA)、そしてLTV(顧客生涯価値)といったKPIが設定され、個別に最適化されています。

しかし、ここに大きな落とし穴が存在します。部分最適を繰り返した結果、各プロセスのつなぎ目で顧客との関係性がプツリと切れてしまう現象が多発しているのです。私たちはこれを「エンゲージメントブレイク(顧客体験の切断)」と呼んでいます。



例えば、獲得フェーズにおいてCPAを安く抑えるために、LP(ランディングページ)で過激な効果効能や煽りのオファーを出したとします。結果として新規顧客は大量に獲得できるかもしれません(高CVR)。しかし、実際に商品が手元に届いたとき、顧客は「事前に抱いていた期待」と「得られた実感」のギャップに失望し、2回目以降の購入(リピート)には至りません。

これは、獲得部門が「目先のCVR/CPA」を追うあまり、CRM部門が引き継ぐべき「信頼関係」を、出会いの瞬間(LP)で破壊してしまっている典型例です。

これからの時代に求められるのは、このエンゲージメントブレイクを徹底的に防ぎ、付き合う価値を提供し続けることであると考え、2019年に「CEM(Customer Engagement Management)」という考えを発信しました。

CEM(Customer Engagement Management)というマーケティングアプローチ



そして、このCEMをより高い次元で機能させるための戦略が「AX(Append Experience)」なのです。


2. 顧客は一側面ではない:多面的なステークホルダーとしての「顧客像」

私たちが日常的に「顧客」と呼んでいる存在は、本当に単なる「消費者」なのでしょうか。

答えは「ノー」です。現代社会において、一人の個人は極めて多面的な役割(側面)を持っています。



ある時は、自社商品の「消費者(顧客)」

ある時は、企業の行く末を見守る「株主(投資家)」

ある時は、その企業を支える「従業員(またはその家族)」

ある時は、就職活動を行う「求職者」

ある時は、ビジネスを共に推進する「事業パートナー」

ある時は、SNSで情報を発信する「フォロワー」

もし、あなたの会社のロイヤル顧客である消費者が、あなたの会社の「採用活動における不誠実な対応」をSNSで目にしたら、どう思うでしょうか。あるいは、従業員が自社の「安売り依存のマーケティング施策」に失望し、モチベーションを低下させたらどうなるでしょうか。

一人の人間に対して、企業が持つ接点は一つではありません。しかし多くの企業は、組織の縦割りによって、「消費者への対応」「従業員への対応」「求職者への対応」「株主への対応」を全く別の文脈で、バラバラに行ってしまっています。

顧客は一側面ではありません。たった一つの接点における不誠実な対応やブランドイメージの毀損(エンゲージメントブレイク)が、SNSを介して連鎖的に広がり、求職者の辞退、取引の停止、株価の下落など、企業に甚大な損害をもたらすリスクを常に孕んでいるのです。


3. AX(Append Experience)とは何か?

そこでペンシルが提唱するのが、新しいマーケティングアプローチ「AX(Append Experience)」です。

AXとは、起点となる1人の人間に対して、消費者という「1つの側面」だけで捉えるのではなく、その他のあらゆる側面(従業員、求職者、事業パートナー、株主など)を視点に追加(Append)し、全方位的に顧客体験(Experience)を設計し直す戦略です。

従来のマーケティング(CX)が「商品を買ってくれる消費者としての体験」を最適化するものだったとすれば、AXは「企業を取り巻く全ステークホルダーとしての体験」を全方位的・網羅的に考え抜くものです。

これを理解するために、具体的な事例で比較してみましょう。


事例比較:「在庫一掃セール」 vs 「フードロス削減キャンペーン」

ある食品メーカーが、余剰在庫を抱えてしまい、価格を下げて処分したいと考えたとします。

パターンA:従来の「在庫一掃セール」として打ち出す場合

消費者:安く買えるため、一時的には喜びます。

従業員:「一生懸命に工夫を重ねて作った商品なのに、安売りしなければ売れないのか……」とプライドを傷つけられ、モチベーションが下がります。

求職者:「いつもセールばかりしている会社だけど、業績やブランド力は大丈夫だろうか」と不安を抱きます。

パートナー企業(原材料の供給元など):「私たちが苦労して原価を抑えたのは、安売りされるためだったのか」と、企業への信頼感が揺らぎます。

株主・投資家:「投資しているが、ブランドの安定性に疑問がある」と評価を下げます。

一見、消費者が喜ぶ「Win」の施策に見えて、従業員、求職者、パートナー、投資家といった他の側面においては「ネガティブな感情(損)」を生む、極めて危うい施策になってしまっています。



パターンB:AXの視点を取り入れ、「フードロス削減キャンペーン」として打ち出す場合

全く同じ「値下げ処分」であっても、文脈を「フードロス削減」へと変換して提示すると、関係者の感情は劇的に変わります。

消費者:安く買える上に、「社会貢献に参加している」というポジティブな自己肯定感を得られます。

従業員:「余剰在庫をゴミにせず、社会課題の解決に繋げている素敵な会社だ」と、自社に対して誇りを持てます。

求職者:持続可能な開発(SDGs)に真摯に取り組む先進的な企業として、志望度が高まります。

パートナー企業:「私たちの作ったものを無駄にせず、大切に扱ってくれる信頼できるパートナーだ」と、強固な関係が築かれます。

株主・投資家:ESG投資の観点からも、リスクマネジメントが徹底された安定企業として、投資価値を見出します。


このように、AXの視点を持ってコミュニケーションの文脈を再設計するだけで、単なる「安売り」が、関わるすべての人(=1人の人間が持つ多面的な役割すべて)に対してプラスの体験価値を提供する「持続可能な成長ドライバー」へと変貌するのです。


まとめ:顧客を「ステークホルダーの総体」として再定義せよ

インターネットによって、すべての情報がフラットに、かつ瞬時に共有される現代において、企業の「表の顔(消費者向け)」と「裏の顔(社内・採用・パートナー向け)」を分けることは不可能です。

マーケティングとは、もはや消費者にモノを売るだけの技術ではありません。

起点となる1人に対して、どれだけ誠実に、多角的な接点で寄り添うことができるか。これからの持続的な事業成長、そして次世代のLTV(True Lifetime Value)を実現するためには、顧客を「ステークホルダーの総体」として再定義する「AX戦略」の実践が不可欠です。

次回は、このAX思想をさらに具体的なデータ分析とパーソナライズに落とし込むための実践手法「ロイヤルクラスタプロジェクト(LCP)」について解説します。



著者:プロフィール

尼崎 祐輔(あまがさき ゆうすけ)

株式会社ペンシル
執行役員CAMO 兼 アダプティブ・マーケティング事業部 ゼネラルマネージャー

2014年新卒入社。プロデューサーとして50社以上のクライアントを担当。入社当初より、BtoBクライアントのSEO研究や導線改善、予約サイトのフルリニューアルなど多様な領域を経験。
2016年、最年少ゼネラルマネージャーに就任。ブランディング向上を目的とするWEB戦略の構築に従事し、2022年よりアダプティブ・マーケティング事業部を立ち上げ、通販サイトの改善、アプリ構築などに領域を拡大し、2026年より執行役員CAMOに就任。
現在は通販サイト・コーポレートサイトを中心に、大手メーカーのWEB戦略全般のコンサルティングを担当。自身が構築してきた「ブランディング×ダイレクトマーケティング」の考え方を軸に、新規獲得からCRMまでを一貫して伴走している。


株式会社ペンシルについて

株式会社ペンシルは、企業のウェブ戦略を成功に導く研究開発型のウェブコンサルティング専門会社です。独自の視点から実験や研究を重ね、研究結果によるノウハウをもとにクライアント企業のウェブサイトを分析し、ウェブからの売上や成約をアップさせるためのコンサルティングを実施しています。ウェブサイトの目的と目標を明確にするコンセプトワークから、アクセス分析、マーケティング、競合調査、企画提案、ウェブサイト制作など、ウェブの入口から出口までを総合的に支援しています。ペンシルは「インターネットの力で世界のビジネスを革新する」を企業理念に掲げ、常に新しいインターネットの可能性に向けて挑戦を続けています。


顧客の「多面性」を捉える次世代マーケティング

顧客体験を向上させるためには、顧客を単に商品やサービスを購入する「消費者」として捉えるだけでは不十分です。
一人の人は、ある場面では消費者であり、別の場面では企業で働く「従業員」や、仕事を探す「求職者」でもあります。こうした一人の人間が持つ複数の立場や企業との関係性を踏まえて体験を設計できるかどうかが、顧客体験向上の成否を左右します。本連載では、この考え方を全3回にわたって、概念から具体的な実践方法まで段階的に解説します。

第1回では、顧客を「多面的な存在」として捉え、さまざまな関係性を踏まえて顧客体験を考えるための基本的な視点をご紹介します。

第2回では、アンケートやインタビューなどから得られる定性データと、顧客の行動ログなどの定量データを組み合わせ、顧客との関係を深め、ファンを育てていくためのポイントを解説します。

第3回では、顧客との最初の接点から適切な期待を形成し、信頼につなげるための具体的な方法として、LPをはじめとするWEB接点の設計方法をご紹介します。

実証データも交えながら、顧客と出会った瞬間から信頼関係を築き、継続的なつながりへと発展させていくための考え方とノウハウを、体系的にお届けします。



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