景品表示法による執行の最新動向を見ると、おせちの通販広告で、将来の販売価格を用いた二重価格表示が不適切だったとして措置命令を受けた事案が注目された。また、糖質カット炊飯器の広告が違反に問われた事案は行政訴訟となり、一審で消費者庁が敗訴したことも話題となった。このほか、確約手続の運用が本格化してきたこともトピックスに挙げられる。これらについて、薬事法広告研究所の稲留万希子代表に話を聞いた。

将来の販売価格を用いた二重価格表示の留意点とは?
消費者庁は9月12日、テレビショッピングで知られるA社に景表法に基づく措置命令を出した。A社はおせちのインターネット通販で、昨年7月~11月、「【2025】特大和洋おせち2段重 通常価格29,980円が1万円値引き 7/22~11/23」「~大人気おせちが今ならお得!~早期予約キャンペーン」などと広告していた。
比較対照に用いた「通常価格」はセール後に適用される販売価格だったが、セール後に「通常価格」を用いて確実に販売する計画はなかったと認定された。2020年12月の「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示に対する執行方針」の公表後、初めての行政処分となった。措置命令に対してA社は、セール直前まで「通常価格」で販売しており、適切な根拠があったと反論。9月25日に行政不服審査法に基づく審査請求を提出した。
記者(木村祐作):A社の反論をどう考えるか?
薬事法広告研究所・稲留万希子代表(以下、稲留):消費者庁と公正取引委員会は、A社側にはキャンペーン終了後に「通常価格」で販売する合理的な計画がなく、「通常価格」に十分な根拠はないとして、景表法違反(有利誤認)にあたると判断した。「将来価格」を比較対照とするならば、セール後にその価格で確実に売る計画と実売が必要となる。企業側の立場から見ればその反論に共感したい部分もあるが、肝心な論点を満たせていないため、説得力が弱いのではないか。
記者:「執行指針」では「クリスマスケーキ」「恵方巻」などの予約販売を挙げて説明しているように、「おせち」の予約販売も将来の販売価格を用いた二重価格表示の典型例か?また、「一般的な需要増の結果、売れ行きが増加して在庫が売り切れたが、追加仕入れをしなかった」場合には<特段の事情>があると認められないと説明しているが、A社の事案もこれに該当するか?
稲留:販売が一定期間に限られるような季節商品は、「計画外に増量生産を行う余裕がない=期間内に売り切る」を目標にすることが多く、特に「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示」が用いられる傾向がある。おせちも典型例の1つと言える。
A社の事案については、残念ながら<特段の事情>があるとは認められないのではないか。しっかり準備していたのに、実際には比較対照価格で売れなかったというのが通用するのは、天変地異など、事業者側ではどうにもできない他律的原因がある場合に限る。読みが外れて売り切れてしまったという場合もビジネス上では想定されるが、本来は事前に増産の準備などをすべきであり、その体制ができていない以上、「確実に実施される販売計画」とは認められない可能性が高い。
記者:「執行方針」の公表以前の事例を見ると、2018年3月にテレビショッピングのB社でも今回と同様の問題で措置命令を受けたが、テレビショッピングで注意すべき点は?
稲留:テレビショッピングという媒体は、視聴者の「今買わなければ損をする」という心理を煽るため、限定性を強く訴求(「本日限り」「残り〇点」「特別セットは先着〇名様」など)する傾向があると言える。このような限定条件は、視聴者が容易にかつ明確に認識できる方法(視聴者が容易に読めるサイズ、位置、時間など)で表示しなければならない。
テレビ通販では、口頭のナレーション、画面上のテロップ、CGなどによるイメージ画像、実演の全てが景表法上の「表示」に該当する。消費者が正しく認識できない場合は“表示されていない”と判断されることに注意しなければならない。

糖質カット炊飯器の広告をめぐる行政訴訟の争点とは?
消費者庁は2023年10月31日、糖質カット炊飯器の広告が景表法に違反するとして、C社などに措置命令を出した。C社は「美味しさそのまま 糖質45%カット炊飯器」「いつものお米を変えずに炊くだけ 糖質45%カット カロリー44%カット」などと表示していた。C社は措置命令を不服とし、国を相手取って提訴。7月25日、東京地裁は原告の主張を認める判決を出した。消費者庁による措置命令の取り消しを求めた訴訟で、初めて国側が敗訴。8月8日に国側は控訴した。
一審で、通常の米飯と「同様の炊き上がり」になるかのように表示したかどうかが争点となった。東京地裁は、糖質カット炊飯機能で炊飯することで、通常の炊飯器による米飯と「同様の炊き上がり」となることを直接示す文言はないなどとして、消費者が表示全体を見て、通常の米飯と「同様の炊き上がり」になると考えるとは言えないと判断した。
記者:一審判決をどう見るか?
稲留:広告全体における炊飯方式の説明などを通じ、消費者は当商品が特殊な炊飯構造や独自機構を有する“特徴的な炊飯器”であり一般的な炊飯器との差異を認識できると判断されたため、優良誤認には当たらないとされた。
表示の「科学的根拠の有無」ではなく「消費者の受け取り方(解釈)」に焦点を当てた点で特徴的と言える。これまでの行政実務が「根拠不十分なら違反」と判断してきたところに一石を投じる結果になっているのではないか。
記者:一審判決は景表法の趣旨に沿ったものか?
稲留:表示全体・説明文などを読む限り、“通常炊飯と全く同様に炊ける”とまで一般消費者は受け取らず、むしろ特殊な炊飯構造や独自機構を有する“特徴的な炊飯器”と理解する余地が十分にあると判断された。このため、景表法第5条第1号(優良誤認)に該当する表示内容の特定自体が誤っており、結果として「みなし規定(合理的根拠の提出を求める規定)」を適用する前提が欠けていたとされた。
よって、表示内容の誤認リスクが実質的に存在しないにもかかわらず行政処分を行った点で、違法な措置命令と判断された、ということである。
景表法の目的は「不当な顧客誘引の防止」であり、「合理的根拠を欠く不当表示の排除」である。従って、科学的妥当性重視の行政解釈ではなく、司法が表示における「全体的文脈」からの受け止め方を優先したことは、今までの形式的な違反認定から一歩踏み込み、法の趣旨に忠実といえるのではないか。
記者:一審判決が妥当とされた場合、執行の弱体化(消費者被害の拡大)、グレーゾーンの表示の増大(消費者トラブルの増加)という懸念は生じないか?
稲留:景表法の措置命令が司法で取り消される前例ができたことで、行政は立証が難しい案件や、表現解釈に争いの余地がある表示について、措置命令の発出をためらう可能性がある。その結果、実態として取り締まりの対象となる範囲が狭まり、グレーゾーン的な優良誤認表示に対する執行が控えられ、結果的に消費者被害が拡大する恐れがある。
事業者側では、今回の判決を「表示の自由の拡張」と捉え、意図的に境界線ぎりぎりを狙う“暗示的”な表現が増加する可能性がある。これにより、消費者の誤認を誘発する広告が増え、トラブルの発生率が上昇する懸念がある。
本判決が「科学的根拠の有無」よりも「広告文脈上の読まれ方」を重視した点は、行政実務上の評価軸を変化させる可能性がある。科学的根拠が軽視されるということではないものの「表示命題の読み取り」が前提として問われることで、根拠審査よりも表現解釈の比重が高まる構造になる可能性がある。
運用が本格化する確約手続のメリットとデメリット
景表法に基づく確約手続の運用が本格化してきたことも注目されている。2024年10月1日に施行され、これまでに6件で適用されている。確約手続は、違反の疑いのある表示を行った事業者が自主的に是正するため、是正措置計画を国へ申請し、国が認定するという仕組み。景表法違反を認定したものではなく、措置命令や課徴金納付命令は出ない。
記者:景品表の確約手続は不当表示の削減に効果があるか?
稲留:2024年10月の制度開始以降、事例が積み上がっているものの、現時点ではその実効性が統計的に評価できる段階にはない。しかし、措置命令や課徴金納付命令といった法的措置はプロセスが長期化しやすいのに対し、確約手続は事業者が主体的に是正計画を策定し迅速に実行できるため、早期に問題の是正と再発防止に繋がる効果が期待できる。
記者:景表法の確約手続は消費者にとって、どのようなメリット・デメリットがあると考えられるか?また、事業者にとってのメリット・デメリットとは?
稲留:消費者のメリットとして、(1)事業者による自主的かつ迅速な是正により、消費者が誤認する表示を早く改善される、(2)不当表示による被害拡大を防止し、消費者の合理的かつ正確な選択がしやすくなる、(3)消費者への返金措置が含まれることもあり得るため、被害回復につながる可能性がある――を挙げることができる。
デメリットとしては、確約手続は行政処分に代えて早期是正を促す制度であり、違反の認定が行われないため、消費者にとって違反が完全に是正されたと感じにくい可能性がある。また、返金措置が盛り込まれないケースもあるため、被害回復の不確実性が残ることもある。
事業者にとってのメリットは、(1)行政処分(措置命令・課徴金納付命令)を回避でき、企業の信用毀損や経済的損失を軽減できる、(2)迅速な自社是正により、長期間の調査や処分手続による不確実性を減らせる、(3)改善姿勢を公に示すことで、消費者や取引先からの信頼回復が期待できる――など。
デメリットとして、(1)確約計画の策定、提出、そして認定までの負担が増える可能性があり、場合によっては消費者への返金措置や広告表示の修正コストが発生、(2)認定が拒否されると、通常の行政処分手続に進むことになる、(3)確約手続が認定された場合でも、確約計画の履行が不十分であれば、再度行政処分の対象となり得る――を挙げることができる。
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